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ノート:宇留野氏

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最新のコメント:16 日前 | トピック:2025年8月12日の編集について | 投稿者:Prel1h

差し戻しの経緯について

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~2025-21796-3さん。

6月末頃から複数のアカウントを作って宇留野氏など、秋田県付近の歴史記事に 加筆しておらるようですが、これらの編集方法に関しまして、現時点で公表されている学術書籍や学術論文などの出版物(二次資料)に基づく記述をお願いします。また、近代以前の古文書や古い記録等の史料一次資料)をご自身で分析・解釈した情報や、遺跡など現地にご自身が訪れた際の情報を基に、主観的な主張を本文中に書かないようお願いします。

たとえば、貴方のお書きになった宇留野氏の宇留野城に関する脚注(差し戻しましたが)「宇留野城は600m北方に部垂城があるが現況に於いて北方に警戒した造りに成っており北側だけ二重土塁に加え城郭サイズに比してかなり大型の堀を造成し且つその堀が未完かの様な状態で工事を終えている。施工時期は不明。参考 : 現地観測」部分で申しますと、「参考 : 現地観測」は、執筆者のあなただけが現地で見た(思った)ことでしかなく「広く公表された信頼できる情報源=二次資料(出版物)」ではないため、Wiki読者にとってそれが真実か否かを検証する手段がありません(参考になりません)。

誰もが確認できること、あるいは、そういう資料に基づいて執筆された記事であることがウィキペディアの「検証可能性」であって、それらに基づかない執筆者個人の分析・考察を記述することは検証可能性のない内容=独自研究と定義されます。

また、本文の典拠に使用された博物館の図録など、すでに公表された出版物に対して、その内容に誤りがあると主張されている箇所もありましたが、このような場合も、ご自身の独自の主張として書くのではなく、それが「誤っている」と述べている二次資料を探し出し、典拠として示した上で記述してください。Wikipediaは一次資料史料)を学術的に分析した二次資料(出版物)をベースに、現時点で判明している検証可能性のある情報を載せる三次資料でしかないため、執筆者自身の分析結果(=独自研究)を発表する場所にはなりえません。

以前の版で、

「『姓氏家系大辞典 第1巻』(著 : 太田亮 1934年 角川書店)1340頁に「宇留野義公の四男は大山田大学という。佐竹侯に随い秋田に移るという。」との記載がある様だがこれも宇留野義公の四男に大山田大学が居た年代と宇留野氏族が佐竹候に随い秋田に移った年代とは異なるものであり誤解を招き易い表記である事に留意が必要である。(中略)当氏に限らずそもそも記録というのは対象が権力者であればある程、報酬や命の為に誇張や阿り(おもねり)をして記録するのが通例であり、佐竹方の記録にせよ江戸方や徳川方の記録にせよ歴史に触れる際は誰もが常にその点を念頭に置かれる事が望ましい。世に存在する記録物というのは大なり小なりその様に著者の主観や社会的立場や記録目的等々如何で中立性を欠いているものなのでWikipedia中立性独自研究等はそもそもが定義不可能なものである。以前の途絶えた説を独自研究と見做していなかった事の方が余程独自研究でありWikipedia自身そもそもその辺の定義が曖昧な証左である。」

と本文中にお書きになられましたが、「独自研究」の定義は明確です。あなたがお書きになったこのような「個人的な主張」です。

これらが是正されず「独自研究」タグと「脚注の不足」タグを除去されておられたので、差し戻しさせていただきました。かりに、個人的主張のように見える箇所であっても、もし典拠となる二次資料(出版物)に基づいているのであれば(古文書などの一次資料ではありません)、脚注を用いて、その出版物の何ページかを明記してください。

よろしくお願いします。--Prel1h会話2025年7月20日 (日) 12:07 (UTC)返信

宇留野氏神の地の宇留野さんです。

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初めまして。宇留野氏神の地の宇留野さんです。(※以下は宇留野代表的な声と見做して頂かなくて結構です。)


先ず、私は行政等にも相談しておりますが昨今のWikipediaを初めとする辞書系サイトの兆候を問題視しています。数カ月前からアカウントは作成しようと幾ら試みてもブロックされ続けておりアカウント作成が先ず以てできずfairではありませんし、辞典の方のノートには過去書き込めた試しもないので表示されるか判りませんが、何分一度何かを投稿すると約24時間〜一週間でしょうか?何も投稿できない(議論にすらならない…)ので一度にまとめてお伝えしてしまいますね。


土地の地名の起こりや氏の起こりに関する記述"古からこの地とそこで暮らす人々が宇留野と呼ばれやがてそれらが氏と表現され"の辺りは昔何かで見聞した事ですが何かは出て来ないし宇留野の地がそうだとは限らないし判らない事なので削除。

"平安時代概ね950年前後頃"というのは書籍によって930年だったり950年だったり970年なのでそう書きましたが"全国文化財総覧"HPの宇留野城趾のページで970年頃になってるので970年頃に。

「平安時代概ね950年前後頃と"も"推測されている」であり唯一的な表現は避けており、現存する日向神社がその頃から在るという意味ではなく宇留野氏神社がその頃から存在していたとも考えられているというニュアンスのつもりでしたが書き方が悪く前者に解釈できるので書き直そうとも思いましたが氏神社情報は別に要らないので削除。

「宇留野義元が宇留野城主となる。」も明確に誤りなので修正。(認めた記録は御座いません。)

表面だけ見ればいやこの城もっと後年だろという主張はその通りですがじゃあ時景が建てて大輔が拠点にした城の位置はどこだと言うんだい?て話だし長らくこの場所がそうだと口伝されて来てるのは事実なので「…と云われている」といった表現にしますね。"この地の宇留野五郎時景がこの地に城を築いた"との記録は在りますが"ここにあるこの城はそれ以外の誰かがゼロから整地・建築した"といった記録は無いですし。


私自身、参考文献や出典をもう少し精密にできるかと考えておりますのでその点に関する指摘は構いませんが「留意が必要である」の注意喚起している点については8人に尋ねましたが誰も「宇留野さんの記述が間違ってる」と答えた方は居りませんでした。

GoogleのAIが何故か最も信憑性の薄い筈のWikipediaを重視している様でそれを問題視しています。(普通は行政による文書を最優先する筈なんですけど行政による歴史文書は全く読み込んで無い様でこれは非常に問題です。)辞書系サイトのAIもWikipedia等を勝手に拾って表示しています非常に問題です実際「宇留野義公が宇留野を起こし佐竹候に従い秋田へ下向した」と、元の文章がそう解釈できるだけにAIが誤った読み込み解釈をしてしまい現実にその様に流布していたのですから。AIに向けて学習して貰っていますがこれの何が問題ですか?GoogleAIがWikipediaを凄く参考にしてるみたいだから仕方ないです。AIが悪いのではなく悪いのは機械を扱う人間ですし。これ凄く社会問題になるとは解りませんか?あなたに従い「留意が必要である」の幾つかの文を削除したりする方が余程問題なの解りませんか?文句があるならあなた方も是非共にGoogleに言って頂きたいです。


そもそも"独自ではない研究"て何でしょうね?

例えば宇留野当人からすれば宇留野以外の人間による研究・考察は全て"独自研究"―一方的で勝手な研究、なんですがね。

記事にも少し採り入れましたが例えば口伝による情報などはどうお考えなんですかね?

昔は文字よりも口伝による情報の方が圧倒的伝承手段だったのも事実ですしね、唄とかね。

読み書きできないのが昔の一般だったのもあり文字で遺されてる情報など極一部でしょう。


あくまでもこのページは"宇留野氏(うじ)"のコーナーですが"宇留野義公以下の血統のコーナー"になり掛けていた様に観えたので編集しました。

また私による編集以前の"秋田藩士宇留野"の項目は、"秋田藩士"と言いながら結局述べてる内容は佐竹義俊が…在虎が…義長が…と、秋田藩士宇留野さんじゃない人々が書かれているので秋田藩士宇留野さんに関する記述のみ残して一旦削除させて頂いた上で、その書いた方は多分秋田藩士宇留野に至る迄の血統的流れを書きたかったと思うので、"宇留野氏概説"項と内容重複はしますが記述しました。しかしそうすると"秋田藩士宇留野"とのタイトルが不適切なので現在のタイトルに致しました。書き出しが"別流は存続しており"だった為にページ上から全体を読んだ時に秋田は秋田で別の宇留野さんが起きていて秋田の義俊…在虎…義長…の系統が秋田藩士宇留野に至っている様に読解できてしまい(それともそう研究されてるのでしょうか?)誤解が拡まってしまいますし兎角GoogleAIも辞書系AIも理解・認識がしっちゃかめっちゃかだったので編集しました。

現在は

・"宇留野義公以下の血統のコーナー"である

・秋田は秋田で別流である

こうした(人間の一般閲覧者も含めた)誤解を解く事に重きを置いた記述にしてます。AIの為にも後でページ全体で時系列順になる様に修正しますので暫しお待ち下さいませ。


「留意が必要である」の幾つかの注意喚起文を削除する訳には行きません。これが無いとまた別のAIだったりが同じ誤読解誤認識を繰返しそれを流布するからです。勿論AIだけでなく人間も、宇留野に興味を持って下さりネットで調べたりする際にこれ等は誰もが知るべき"間違い易い誤り"だと思いますから載せておくべきと考えます。納得なされないなら私はそうしたWikipedianも問題視し今以上に行政や政治方面の方々に報告致します。


これからも合間に少しずつ宇留野の情報収集をし(Wikipedia自体どうでも良いのですがネット情報が全てであり正しくてネットにない情報は信憑性が低いと思い込んでしまう人々やAIが居るので…)、基本「『…』に出て来る宇留野◯◯◯さん」のスタイルで随時加筆改変して行こうと思いますが、秋田以降の宇留野さんは兎も角、当地当人の立場としては正直無駄な作業であり傍迷惑に感じております。当地当人としては当人達と精々現地の人々だけが知ってこの地域の後世に伝えて行けば必要十分な事であってインターネットにて全地全民に知られる必要は全く無いのですから。(決して何か宇留野代表の声ではありません。しかし同じ様に想っている宇留野さんは決して私だけでは御座いません。)特に鎌倉〜室町〜戦国辺りなんて◯◯方vs◯◯方とか、婚姻で〜とか、そんな単純なものでも決してないのにそれをずらずらとWikiに書き連ねる必要性がどこに?(Wikipediaが重たくなるだけだと思います。)


余りあなた方の様に次世代学習―AI学習への配慮無しにその様な姿勢でWikipediaを私物化し宇留野氏(うじ)のページに関しても論争や批判をする様なら宇留野のページごと無くして頂いた方が余程有難いです。(二度と作らないで下さい。)しかし今現在のこのページがないとそれ以前のGoogleAIや辞書系AIがそうであった様に宇留野を検索すると"宇留野と言えば義元"みたいな事になりまくり、人々やAIの認知がそうなってしまい、義元が絶えてるから"宇留野=絶えた"みたいな認知になり、"常陸の宇留野は絶えた"ですとか"秋田は別流"みたいな認知になり、"常陸で興きた宇留野と秋田で興きた宇留野は別モノなのじゃ"みたいな以前の認知にAIや人々がなってしまうのでそうならない為に不本意ですが合間に少しずつやりますね。つい最近まで佐竹家臣欄にも宇留野さん居らずつまり宇留野の一人一刻も佐竹家臣でなかった事になってましたが、私がWikipediaに書いた事で少し変わって頂けた様ですし。


脚注へのご指摘ですがどの脚注の事かよく分かりませんが小山守の事?だとしてお話ししますと、

・官職ではなく委託制という形にしてコストを抑えた

・効率的に機能し藩の財産はよく守られた

事は文中でも取り敢えず示唆しといたのですけど事実でありつまりコスト抑制された百姓達の御蔭で財産が守られていた訳であって複数資料があるのは判っているので参考文献を順次加筆しますね。

またこれは口伝かも知れませんが実際に茨城県北地域では水戸藩や徳川の支配になってから暫く(随分)「佐竹の頃は良かった」と囁かれていたそうなので「…と伝承されている」といった表現に修正しときますね。(文字で遺っていれば参考文献加筆しますね。)

何故"…の御蔭である"と書いたかと申しますと私はこの制度を知って『中立性』中立的視点―弱者側の立場にも立った視点の記述がこの箇所には必要だと感じた為です。現代の建設業界などもそうですが、実際に現場で労働してる人々の名は遺りません。「あれは俺達が造った」と幾ら主張してもそうした記録は存在しないので表面的には彼等が造った事には成っていません。「記録に遺ってる人というのは放っておいても未来永劫絶賛されますが放っておくと見え難くなるそうした名の遺らない様な人々の事も忘却せず感謝しようね」ととても中立的視点で書いてますし、AIにも是非「水戸藩てこんな旨い事やったんだよ」だけじゃなく「現地の百姓の御蔭なんだよ感謝」も読み込んで頂きたいしWikipediaの指針にも「大胆に編集しよう」とありますので、後は参考文献順次加筆しますね。


急いで読んだし急いで書いたのでちょっとぶっきらぼうな言葉使い等あるかも知れませんがもう家出なきゃなのでご許容下さい。

--~2025-25956-2 (会話) 2025年7月24日 (木) 20:04 (UTC)返信

追記 : あと削除箇所等ご指摘あればメッセージ等どうぞお構いなく。あと、どっちでもいい事ですけど「…とも考えられている」と書いていた文に"自分の考え"は一つも無くあくまで他者の考えですね。--~2025-25956-2 (会話) 2025年7月24日 (木) 20:35 (UTC)返信
ご回答ありがとうございます。私も家を出ているため、上の方で長文でお書きになられたご主張に対する指摘は後ほど書かせていただきますが、
「『…とも考えられている」と書いていた文に"自分の考え"は一つも無くあくまで他者の考えですね。』
であれば、「そう考えている他者→著書と著者」を脚注と参考文献欄に明記する必要があります。「自分の考えではありません」より「こういう(誰かの)考えがあります」を明らかにすることの方が、余程大事なことだからです。よろしくお願い申し上げます。--Prel1h会話2025年7月24日 (木) 23:47 (UTC)返信
【お尋ね】ウルノさん(個人特定にならぬようこう書かせていただきます)、Wiki「宇留野氏」記事に対し仰りたいこと・ご不満等お有りのこと、理解しました。そのうえで、Wiki編集に対して幾つか誤認されている点等、後ほど指摘させていただきたいと存じますが、その前に下記お伺いいたします。
何度か二次資料(現代の学術書籍や論文等)にて公表された情報をベースに執筆をとお願いしましたが、宇留野氏に関するそれらの情報はどの程度、集められてますでしょうか?
割と近年の書籍でかつ宇留野氏の方がお書きになった、
  • 宇留野, 弘『佐竹支族宇留野氏系譜 -秋田に下向した宇留野氏の探訪-』秋田文化出版、2017年11月。ISBN 9784870225800 
はお持ちのようですが、私が、宇留野氏に関する資料、あるいは宇留野氏の情報を含むと考えられる佐竹氏の資料や、確証ないですが宇留野氏のことが載ってそうな資料も含めて探したところ、
  • 安達, 和人「佐竹支族宇留野氏の系譜について」『常総の歴史』第47号、崙書房出版、2013年、32-46頁、ISSN 0918080X 
  • 天野, 真志「出羽国秋田藩の文書調査と由緒管理:佐竹家中による記憶と記録の探求」『常陸大宮市史研究』第3号、常陸大宮市教育委員会、2020年、NCID BC18848613 
  • 常陸大宮市史編さん委員会 編『佐竹一族・家臣系図:常陸大宮ゆかりの諸家』常陸大宮市〈常陸大宮市史資料叢書3 古代・中世1〉、2025年4月7日。 NCID BD11498055 
のほか、
  • 茨城城郭研究会 編『図説茨城の城郭』国書刊行会、2017年。ISBN 9784336061539 
  • 茨城大学中世史研究会(編)『常総中世史研究』第3号、茨城大学中世史研究会、NCID AA12622502 
  • 常陸佐竹研究会(編)『常陸之佐竹』第3号、常陸佐竹研究会、NCID BD00536968 
が出てきました。※『常総の歴史』や『常総中世史研究』・『常陸之佐竹』は定期刊行の学術誌なので、この中から宇留野氏関連の論考があるかないか、全巻から探さないとならないです。
ウルノさんは、地元に伝わる口伝や伝承などが記事に繁栄できない旨ご不満のようですが(文字媒体化→出版物化されてないものを記事にするのは確かに難しいですが)、これらの資料を公立や大学の図書館・研究機関を片っ端から回って集めて読んでみたら、それら口伝なども既に扱ってる論考などが見つかる可能性があると思うのです。
また、ウルノさんは、宇留野氏が部垂の乱で滅んだかのようにとれる記述を問題視され、宇留野義長の系譜が存続したことをお書きになられてましたが、義長系の存続は『日本城郭大系』の「宇留野城」「部垂城」項といった、割と古い資料にも書いてありました。
これらがあれば、ウルノさんの憂いとなっている現状の「宇留野氏」記事の誤りや情報不足が結構直せそうな気がするのですが、これらについてどのくらい既に集められたでしょうか。--Prel1h会話2025年7月26日 (土) 19:07 (UTC)返信
これも表示されるか分りませんが、色々探して下さってて有難うございます。
”二次資料”の定義を読んでもすみません私にはその違いや境界線が今一よく掴めないですし、 『佐竹支族宇留野氏系譜 -秋田に下向した宇留野氏の探訪-』秋田文化出版、2017年11月。ISBN 9784870225800 の 著者:宇留野弘 氏はそれ等資料も閲覧なされている様なので先ずはこの本を基にさせて頂こうと思いますが、確認させて頂きたいですが、中身の文章を丸ごと引用してはいけないですよね?あくまで自分の言葉で作成し出典をつければよいでしょうか?
また本の中に大宮町史の引用文がありますがそこを丸ごと引用するには出典に本と大宮町史両方記載すればよいでしょうか?
あとお願いがありますが、宇留野の系譜は今を以てしても未だに色々可能性が考えられ、全てのパターンを書くと膨大になってしまいます。上記の本も戸村系や佐竹系等、記録に遺る13-14パターンの系譜を挙げており、"何が真実か"などといった事を後世が定める事は余程でなければ最早不可能なのです。(だし個人的にはおこがましいと思ってます。)系譜に関する言説の全ては可能性の一つに過ぎないですし、(とはいえインターネット上の「宇留野が部垂の乱で絶えた」は、全員が部垂の乱で絶えたと云う系譜や古文書は無いと思うし否定させて頂きました。)大山田氏に関しても太田亮氏の言説それだけを断定して述べるのは誤りというと語弊もあるかもですが不適切ですし、常陸住人的に最もオーソドックスなのは前後佐竹氏譜のパターンなのでそれを記載しましたが、そうやって何かだけを載せてしまうと多様に在る系譜のパターンに優劣が生じてしまいます。(=書く側が情報に優劣を創ってしまう)かといって全てを載せると膨大になってしまいます。また、何か一つを載せるといやこの可能性もあるんだよとどんどんどんどん載せる羽目になってしまいます。
なので系譜に関する記述は基本的に「宇留野の系譜は今を以てしても未だに色々可能性が考えられ」「"何が真実か"といった事を後世が定める事は最早不可能」「系譜に関する言説の全ては可能性の一つに過ぎない」旨だけを記述し、太田亮氏の言説も含めて具体的な記述は削除する(書かない)のはいかがでしょうか?
例えば「宇留野氏は異なるパターンの系譜が多数存在し、(『佐竹支族宇留野氏系譜 -秋田に下向した宇留野氏の探訪-』著:宇留野 弘、秋田文化出版、2017年11月。ISBN 9784870225800 25頁-32頁の図)全ての可能性を書くと膨大になる。」--~2025-30543-4 (会話) 2025年8月6日 (水) 01:43 (UTC)返信
あと、”地元に伝わる口伝や伝承などが記事に繁栄できない旨ご不満のようですが”は不満なのではなくどうお考えや方針なのかWikipediaの方々に問いたかっただけですよ。「…と云われている」でOKならば書きましたが取敢えず文字資料が見つかる迄は次回削除しますね。
行政にはお伝えはしましたが私が最も危惧しているのはWikipediaに限らず行政の文章なども、インターネット上に掲載する歴史記述を一文一文、「『…』によると…だそう」「…という学者はこう言っている」といった具合には書いて頂けず、一学者の一言説一仮説一考察に過ぎないもの、あくまで可能性の一つに過ぎないものを「…は…した」「…である」と、あたかもそれ唯一だけが事実、自分が見て来た事実かの様に断定的に記述されてしまう事でAIが記述通りに「…は…した」と記憶してしまい全く新しい過去を伝えてしまう=創り出してしまっている事です。宇留野の系譜に関する言説がまさにそうです。これは歴史改竄行為にあたる、又は繋がると私は思うのでそうした事を問題提起させて頂きました。
主観だと見做されそうなのでもう余り自分の口からは述べません。
版の頻繁な更新は難らしいので、先にノートにUPして添削願う形とかの方がよかったりするのでしょうか?
何と言うか皆さんが好んでおられそうなストーリーを冷やしてしまう?様で心苦しくもあるのですが宜しくお願い致しますm(__)m--~2025-30543-4 (会話) 2025年8月6日 (水) 04:10 (UTC)返信
ウルノさん御回答ありがとうございます。本ページ下段の「(仮称)ウルノさんへの回答」と同じくウルノさんのお言葉を【】内に記載し、問答形式にさせていただきます。
【これも表示されるか分りませんが…】
【二次資料の定義を読んでも私にはその違いや境界線が今一よく掴めない…】
  • 私が「二次資料」そのものを解説する記事へリンクを貼ったので理解が得にくかった可能性があります。Wikipedia編集における「一次資料」「二次資料」さらに「三次資料」の使い方(また、何が一次・二次とされるか)については、「Wikipedia:独自研究は載せない#一次資料と二次資料」のページを参照された方が解り易いかもしれません。編集上でこれらをどう区別し扱うか、書いてあります。
【確認させて頂きたいですが、中身の文章を丸ごと引用してはいけないですよね?あくまで自分の言葉で作成し出典をつければよいでしょうか?また本の中に大宮町史の引用文がありますがそこを丸ごと引用するには出典に本と『大宮町史』両方記載すればよいでしょうか?】
  • 一字一句まで同じままに丸ごと本文に載せた場合、著作権侵害(無許可転載)になります。なので、基本的には出典に基づきご自身の考えた文章で執筆し、文末に著者名+発行年+ページ番号を脚注方式で載せ参考文献にリンクさせます。ただ、必要があって転載したい場合、Template:引用文テンプレートのページに一覧化されたテンプレのどれかを使用すれば「この文は他の出版物からの引用・転載」した箇所であると示せるので、こちらをお使いになるべきかと。出典の転載したい箇所に『大宮町史』からの転載文があってもテンプレ内ならば丸ごと載せられます。
【宇留野の系譜は今を以てしても未だに色々可能性が考えられ、全てのパターンを書くと膨大に…(中略)…具体的な記述は削除する(書かない)のはいかがでしょうか?例えば「宇留野氏は異なるパターンの系譜が多数存在し…(中略)…全ての可能性を書くと膨大になる。」】
  • 仰ってることは、大凡その通りです。伝来する複数系譜の全てとか、系譜に関する論争の内容全てとか、具体的なことは省略して「現状、宇留野氏の系譜は複数伝わっており、その真偽や妥当性について多くの研究者による検証・分析研究が行われている段階にある」と言った要約した書き方で良いと思います。その上で、注釈として「例えば『大宮町史』では〇〇寺に伝わる系譜や〇〇に伝わる系譜を上げるが…史料的制約があり…「後世の研究に委ねたい」旨を述べている(大宮町 1977 p.〇)。…これを受けて安達和人は〇〇と言う説を唱えている(安達 2013 p.〇)。これに対して宇留野弘は〇〇と言う説を唱えており(宇留野 2017 p.〇)、宇留野氏の出自や系譜について論争が続いている(常陸大宮市 2025 p.〇)。」くらいの研究史的補足を与えても良いと思います。【何が真実かを後世が定める事は最早不可能】とおっしゃいましたが、その通りです。そもそも、Wikipediaに限らず世にある紙媒体も含めた「百科辞典」は、それ自身が「何が真実か」を探求し、示そうとしているのではなく、「現段階で解っている、あるいは真実と考えられている物事は、こうである」と要約して示す役割です(これを三次資料と言います)。宇留野氏系譜のどれが「真実」かを考える必要はなく、宇留野氏系譜は異同のある複数が存在し、その検証が現在もなお続いているという「事実」が正確に述べられれば良いし、「要約」するのが前提なので系譜全部載せる必要もありません。
なお、宇留野弘(2017)『佐竹支族宇留野氏系譜-秋田に下向した宇留野氏の探訪-』が過去の諸研究を網羅しているので主にお使いになると仰いましたが、今年出た常陸大宮市(2025)『佐竹一族・家臣系図:常陸大宮ゆかりの諸家』はさらに宇留野弘(2017)の研究・見解も取り入れた上で系譜を掲載しているので、こちらもご覧になったほうが良いかと。--Prel1h会話2025年8月6日 (水) 17:34 (UTC)返信
昨晩書ききれなかった点ですが、
【口伝や伝承などが…(中略)…Wikipediaの方々に問いたかっただけですよ。「…と云われている」でOK…(中略)…見つかる迄は次回削除しますね】
  • そうですね。「…と云われている」と書いた場合、「と云っているのは誰か(何か)」→『出典』となるので、見つからないうちは不記載の方が無難でしょう。
【行政にはお伝えはしましたが…(中略)…AIが記述通りに「…は…した」と記憶してしまい全く新しい過去を伝えてしまう=創り出してしまっている事です】
  • 「…は…した」「…である」表現でも、出典を付記して、それが真実と捉えられる検証可能性が十分成り立つならば、断定口調も一般的には不可とはなりません。ただ、AIに機械的に断言させず、諸説あって議論がある事をAIに語らせることを考慮するならば「…とされている(+出典)」「…と考えられている(+出典)」「系譜には諸説があり、結論には至っていない(+出典)」などの、書き方にする事で、AIも自ずと「と考えられている」の口調に変わっていくと思われます。
--Prel1h会話2025年8月6日 (水) 23:53 (UTC)返信

『姓氏家系大辞典』には誤りがあるし宇留野ページの削除を要請します二度と宇留野ページは作成しないで下さい傍迷惑です

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基本的にアカウントは全てAIだと思ってますし、「独自研究」とのタグをつけられてるのは別にどうでも良いのですが(誰かやAIが勝手にそう見做しただけ)、 何故"一次資料""二次資料"などと別けるのかよく解せませんし崩し字ではなく楷書で書かれた文でありこれをそのまま載せるのが誰の"脳ミソ=私見や個人感情"も通さない最も公正公平中立的な形です。一応訳という形でかな混じりバージョンも載せましたが至って公正公平中立的である機械翻訳です。(個人的にはこの程度のシンプルな漢文は義務教育で誰もが習ってますし翻訳文も要らないと思ってます。)再三ですが他者=機械以外の者による論文や本での主張の方が余程「独自研究」です。私は却下されたこの形が最も根拠と信頼性が高く最も公平公正中立的だと思いますのでそれを却下するのであれば矢張り私としましても「Wikipediaは既に特定の偏った人々に私物化されており対処が必要」と見做しますし宇留野のページは削除し二度と作成しないで頂きたいです「"義公"の"四男"に"大山田大学""が居て"佐竹候に従い秋田に移った」等々(苦笑)Wikipediaが在るせいでおよそネットの外の現実世界の人々からしたら眉唾モノのトンデモ論ばかり流布されており非常に傍迷惑ですそれ等は大体Wikipediaが発信源ですこれは宇留野からの削除要請です。何故わざわざ"最も当時から遠い現代人達の誰かの著作物=私見を自己主張した非公正非公平非中立的なモノ"をわざわざ根拠にしなければならないのでしょうか。何が"一次資料"で"二次資料"かさっぱり解りませんが楷書ですし一つの著作権フリーの本です。この本を根拠にしたら「独自研究」だなどとこの本の著者にも大変失礼だと思います。 昨今記事や文章等の自動生成のせいで誤った言説や事実でない誤情報が大変増え、SNS規制の必要性を訴えて参り成果あってより良い社会にして頂けました。 Wikipediaは既に特定の偏った人々に私物化されていると理解しましたしここ一連の私の体験した数々の問題を行政と共有し対処します。また、削除しない、再びページを作成する、のであればその点も行政的に対処を練ります。折角GoogleAIに古文書を学習して貰う機会でもあるのにこの度は残念な事でした。 --~2025-30543-4 (会話) 2025年7月31日 (木) 20:37 (UTC)返信

コメント 本文丸々コピペしないでください。該当部を全て除去しました。また、貴方の行動はWikipedia:法的な脅迫をしないに反します。--Syadosa会話2025年7月31日 (木) 21:35 (UTC)返信

上記ご主張の一部についてのお尋ね。

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~2025-30543-4さん(ウルノさん)。

最近、ウルノさん(おそらく2025-…の形式のアカウント群)の編集に対しやり取りさせていただいているPrel1hと申します。上記、【『姓氏家系大辞典』には誤りがあるし宇留野ページの削除を要請します二度と宇留野ページは作成しないで下さい傍迷惑です】と項立てされた中で仰っている内容が極めて多岐におよび、時間的に全てに議論できないため、下記、一部基本的な内容に関してご質問+ご指摘+ご提案させていただきます。

  • 「基本的にアカウントは全てAIだと思ってますし…」

→アカウントはすべてAIではありません。例えば私(Prel1h)は神奈川県在住の人間です。通常ほとんどのWiki記事は、各種「信頼できる情報源」を基に、生身の人間の方々が執筆し、内容に誤りや不正確性のある事があったら「ノート」ページで議論をしてます。本記事に「独自研究」タグを付けたのは私(人間)です。記事本文の執筆者がAIである事例はあまり知りません。

  • 「何故"一次資料""二次資料"などと別けるのかよく解せませんし…」および「何が"一次資料"で"二次資料"かさっぱり解りません…」

→失礼ですが、執筆者向けにWikiの執筆法について解説している「Wikipedia:信頼できる情報源」のページをご覧になられてますでしょうか?一次資料・二次資料・三次資料の違いはここに既に書いてあり、「二次資料がウィキペディアの記事の参照先として依存する素材庫」になる旨も説明されてます。これらを精読せず「よく解らない」と仰っているのであるとすれば、基本的な事なので直ちにご確認頂く必要があります。

  • 「却下されたこの形(歴史的な史料を機械翻訳にかけて載せる)が最も根拠と信頼性が高く最も公平公正中立的…」および、「最も当時から遠い現代人達の誰かの著作物=私見を自己主張した非公正非公平非中立的なモノ…」とのお考え

→上記、「Wikipedia:信頼できる情報源」を読んでいただくと、実はこれであることがお解りになると思います。

  • 「『姓氏家系大辞典』には誤りがある」

→その件に関して、本資料(『姓氏家系大辞典』)に誤りがあることを本文中に他の二次資料を引く形で既に明記したのですが。

  • 「宇留野ページの削除を要請します」

→削除についてはWiki定型の手順が必要です。そのページをお探しになり、たの編集者(人間の方々)と議論を行ってください。

まだご指摘したい事項はありますが、また後ほど。--Prel1h会話2025年7月31日 (木) 21:51 (UTC)返信

(仮称)ウルノさんへの回答

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~2025-25956-2ウルノさん。Prel1hです。

少し上の方の、「宇留野氏神の地の宇留野さんです。」とされた節に関しまして、議論が途中でしたのでお返しします。内容が極めて多岐におよび、文を適切に省略しきれなかったので、上記でのウルノさんご発言を【】で囲い、下に私の回答を入れ、問答型にしました。「宇留野氏」ページの削除申請のほか、「行政」にご相談など、外部まで巻き込むご様子ですので、こちらの意見にお目通し願います。

【先ず、私は行政等にも相談しておりますが昨今のWikipediaを初めとする辞書系サイトの兆候を問題視しています。数カ月前からアカウントは作成しようと幾ら試みてもブロックされ続けておりアカウント作成が先ず以てできずfairではありませんし、辞典の方のノートには過去書き込めた試しもないので表示されるか判りませんが、何分一度何かを投稿すると約24時間〜1週間でしょうか?何も投稿できない(議論にすらならない…)ので一度にまとめてお伝えしてしまいますね。】

  • アカウントが作れない件については私の推論ですが、お使いの端末(貴方のIPアドレス)がWikipedia:自動ブロックの対象になっている可能性はありませんか?。何か、荒らしと判断されるような編集を同一端末でしませんでしたか?。ブロックされるようなお心当たりが無いのであれば、Wikipedia:IPブロック適用除外の申請をしてみてはいかがでしょうか?(この手続きで解決しない事柄が原因となるとちょっと私からは対策を思いつきませんが)。

【土地の地名の起こりや氏の起こりに関する記述、古からこの地とそこで暮らす人々が宇留野と呼ばれやがてそれらが氏と表現され…、の辺りは昔何かで見聞した事ですが何かは出て来ないし宇留野の地がそうだとは限らないし判らない事なので削除。】

  • 出典が存在しないか不明な内容の削除は問題ありません。

【平安時代概ね950年前後頃というのは書籍によって930年だったり950年だったり970年なのでそう書きましたが全国文化財総覧HPの宇留野城趾のページで970年頃になってるので970年頃に。「平安時代概ね950年前後頃と推測されている」であり唯一的な表現は避けており、現存する日向神社がその頃から在るという意味ではなく宇留野氏神社がその頃から存在していたとも考えられているというニュアンスのつもりでしたが、書き方が悪く前者に解釈できるので書き直そうとも思いましたが氏神社情報は別に要らないので削除。】

  • 宇留野城の築城時期については『日本城郭大系』4巻 (群馬・栃木・茨城)等に「天禄年間(970年から973年)」とあるので「970年頃」とされているのではないかと。これらの現代の情報源を典拠に「築城は天禄年間(970-973年)と伝わる」と書くのが無難かと思います。

【「宇留野義元が宇留野城主となる。」も明確に誤りなので修正(認めた記録は御座いません)。】

  • これが書かれた現代の出典がないのであれば、削除は問題ありません。

【表面だけ見れば、いやこの城もっと後年だろという主張はその通りですが、じゃあ時景が建てて大輔が拠点にした城の位置はどこだと言うんだい?て話だし、長らくこの場所がそうだと口伝されて来てるのは事実なので「…と云われている」といった表現にしますね。この地の宇留野五郎時景がこの地に城を築いたとの記録は在りますが、ここにあるこの城はそれ以外の誰かがゼロから整地・建築したといった記録は無いですし。】

  • これは、「現在の宇留野城跡(茨城県常陸大宮市宇留野)の城跡遺跡の年代が、築城伝承の年代より新しいとの批判的見解があるけれど、現地に伝承があるし、それらを覆す反証もない」とのご主張でしょうか?。『日本城郭大系』(1979年)や『茨城県の中世城館(茨城県中世城館跡総合調査報告書)』(2023年)等で現地を宇留野氏の宇留野城として紹介しており、さらに『茨城県の中世城館』(p.46)では宇留野城に先立つ「宇留野古館」の伝承についても紹介してるので、これらを参照して記事化すれば良いかと。なお、「口伝されて来てるのは事実…」なのであれば、読み手側がそれを知る手段(検証可能性)として出典を記載する必要があります。ホントに口伝されて来てるのか、読み手側には信憑性が確認できないです。ウルノさんがおっしゃる「信憑性の低いWikipediaの記事」をご自身で書いてることになります。

【私自身、参考文献や出典をもう少し精密にできるかと考えておりますのでその点に関する指摘は構いませんが「留意が必要である」の注意喚起している点については8人に尋ねましたが誰も「宇留野さんの記述が間違ってる」と答えた方は居りませんでした。】

  • 「留意が必要」であること自体を全く否定しません。仰る通り、参考文献の明記不足により書き手の個人見解のようになっていることが問題だと申してます。

【GoogleのAIが、何故か最も信憑性の薄いはずのWikipediaを重視している様で、それを問題視しています(普通は行政による文書を最優先するはずなんですけど行政による歴史文書は全く読み込んで無い様でこれは非常に問題です)。辞書系サイトのAIもWikipedia等を勝手に拾って表示しています非常に問題です。実際「宇留野義公が宇留野を起こし佐竹候に従い秋田へ下向した」と、元の文章がそう解釈できるだけにAIが誤った読み込み解釈をしてしまい現実にその様に流布していたのですから。AIに向けて学習して貰っていますがこれの何が問題ですか?。GoogleAIがWikipediaを凄く参考にしてるみたいだから仕方ないです。AIが悪いのではなく悪いのは機械を扱う人間ですし。これ凄く社会問題になるとは解りませんか?。あなたに従い「留意が必要である」の幾つかの文を削除したりする方が余程問題なの解りませんか?。文句があるならあなた方も是非共にGoogleに言って頂きたいです。】

  • 「GoogleのAIが最も信憑性の薄いはずのWikipediaを重視している様でそれを問題視」とおっしゃいますが、AIはただ機械的にネット世界の集めやすい情報を集約してるだけなので、Googleに文句言っても無意味です。Wikipedia側の信頼性・信憑性をあげれば良いことです。
  • 「(GoogleAIが間違ってしまうから)あなたに従い「留意が必要である」の幾つかの文を削除したりする方が余程問題」だと仰いますが、「AIが悪いのではなく悪いのは機械を扱う人間」なのですから、AI回答を正すことよりも、人間が出典に基づいた執筆をしてWikipediaの正確性を上げるのが先、と申してます。

【そもそも独自ではない研究て何でしょうね?。例えば宇留野当人からすれば宇留野以外の人間による研究・考察は全て独自研究一方的で勝手な研究、なんですがね。】

  • これ大っ変失礼ですが、ウルノさんが最も見当違いな認識を持たれている点だと思います。
    • Wikipediaの言う「独自研究」は、「信頼できる媒体において未だ発表されたことがないもの。→未発表の事実、データ、概念、理論、主張、アイデア、または発表された情報に対して特定の立場から加えられる未発表の分析やまとめ、解釈など」を指します。書籍・学術誌・新聞記事など「信頼できる媒体」を通じて広く「発表(公表)」された研究(二次資料)は、もう「独自ではない研究」ですよ?。あなたの仰る「宇留野以外の人間による(一方的で勝手な)研究=独自研究」はなんにも一致しません。
    • 立ち返って、ウルノさんが「じゃあ私は宇留野当人だから、氏族の歴史を正確に伝えられる。宇留野以外の人間が間違いを含んでたり、誤読を招いたりしそうな文を勝手に書いて、AIにさらに誤読されてるのはゴメンだ」として、ご自身で宇留野に関わる系図や地誌・古文書など古典籍類を調べて得た情報や解釈を、何らかの媒体(出版物)に発表(公表)せずにWikipediaにお書きになった場合、他の読者はWikipedia以外の世界にその内容が事実かどうかを確かめる(検証する)術がありません。他に書いてあるものがないのですから。この、Wiki以外で検証の出来ない未公表の事実が「独自研究」です(※よく勘違いされることですが古典籍(一次資料)類はそれそのものが研究対象であり、検証手段とイコールではありません)。宇留野以外の方が発表(公表)したものが、他で検証出来るから「独自じゃない研究」となり、宇留野当人がWikiの中だけに書いたものが「独自研究」になる構図です。これらについて、そもそもWikipedia:独自研究は載せないをお読みになられてますか?。併せて、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかなどもお読みになってますか?。

【記事にも少し採り入れましたが例えば口伝による情報などはどうお考えなんですかね?。昔は文字よりも口伝による情報の方が圧倒的伝承手段だったのも事実ですしね、唄とかね。読み書きできないのが昔の一般だったのもあり文字で遺されてる情報など極一部でしょう。】

  • 口伝以外に全くない。というのであれば載せられません。上記、独自研究と同じ理屈です。口伝を文字化した出版物を探す必要があります。

【あくまでもこのページは宇留野氏(うじ)のコーナーですが宇留野義公以下の血統のコーナーになり掛けていた様に観えたので編集しました。また私による編集以前の秋田藩士宇留野の項目は、秋田藩士と言いながら結局述べてる内容は「佐竹義俊が…在虎が…義長が…」と、秋田藩士宇留野さんじゃない人々が書かれているので秋田藩士宇留野さんに関する記述のみ残して一旦削除させて頂いた上で、その書いた方は多分、秋田藩士宇留野に至るまでの血統的流れを書きたかったと思うので、宇留野氏概説項と内容重複はしますが記述しました。しかしそうすると秋田藩士宇留野とのタイトルが不適切なので現在のタイトルに致しました。書き出しが「別流は存続しており」だった為に、ページ上から全体を読んだ時に秋田は秋田で別の宇留野さんが起きていて、秋田の「義俊…在虎…義長…」の系統が秋田藩士宇留野に至っている様に読解できてしまい(それともそう研究されてるのでしょうか?)誤解が拡まってしまいますし、兎角GoogleAIも辞書系AIも理解・認識がしっちゃかめっちゃかだったので編集しました。現在は、「宇留野義公以下の血統のコーナーである」・「秋田は秋田で別流である」←こうした(人間の一般閲覧者も含めた)誤解を解く事に重きを置いた記述にしてます。AIの為にも後でページ全体で時系列順になる様に修正しますので暫しお待ち下さいませ。】

  • AIに正確性を身に着けてもらいたいお気持ちは当然わかります。そのためにWikiを編集する必要があり、そのために公表された「独自じゃない研究」に基づく執筆が必要です。

【「留意が必要である」の幾つかの注意喚起文を削除する訳には行きません。これが無いとまた別のAIだったりが同じ誤読解誤認識を繰返しそれを流布するからです。勿論AIだけでなく人間も、宇留野に興味を持って下さりネットで調べたりする際にこれ等は誰もが知るべき間違いやすい誤りだと思いますから載せておくべきと考えます。納得なされないなら私はそうしたWikipedianも問題視し今以上に行政や政治方面の方々に報告致します。】

  • これも先述の「留意…」の話の箇所と答えは同じです。

【これからも合間に少しずつ宇留野の情報収集をし(Wikipedia自体どうでも良いのですがネット情報が全てであり正しくてネットにない情報は信憑性が低いと思い込んでしまう人々やAIが居るので…)、基本「『…』に出て来る宇留野◯◯◯さん」のスタイルで随時加筆改変して行こうと思いますが、秋田以降の宇留野さんは兎も角、当地当人の立場としては正直無駄な作業であり傍迷惑に感じております。当地当人としては当人達と精々現地の人々だけが知ってこの地域の後世に伝えて行けば必要十分な事であってインターネットにて全地全民に知られる必要は全く無い(中略)それをずらずらとWikiに書き連ねる必要性がどこに?。Wikipediaが重たくなるだけだと思います。】

  • そもそも、ウルノさんがWikipedia(そしてそれを参照するGoogleAI)の誤読の代表的な原因として批判されている『姓氏家系大辞典』についてなんですが、約90年前の1934年(昭和9年)に発行された紙製の辞典であり、それにすでに宇留野氏の事が載っているわけですよね?。出版物は全国区なので、この時点で宇留野は「全地全民に知られる」物事になってます。なのに、Wikipediaのようなネットの辞典コンテンツに対してだけ「当地当人としては当人達と精々現地の人々だけが知ってこの地域の後世に伝えて行けば必要十分な事であってインターネットにて全地全民に知られる必要は全く無い」と言っているのは、ほとんど「意味をなさない」主張ではありませんか?。意味があるとすれば「GoogleAIが間違ったことを解説してしまうから」って事のみが問題点となりますが、「じゃあWikipediaの正確性を上げよう」で話は終わり、(下記の話にも連続しますが)宇留野氏ページを丸ごと削除する理由もありません。ネットが現れるずっと以前から存在する「知識」の1つなのですから。

【余りあなた方の様に次世代学習―AI学習への配慮無しにその様な姿勢でWikipediaを私物化し、宇留野氏(うじ)のページに関しても論争や批判をする様なら宇留野のページごと無くして頂いた方が余程有難いです(二度と作らないで下さい)。しかし今現在のこのページがないとそれ以前のGoogleAIや辞書系AIがそうであった様に宇留野を検索すると宇留野と言えば義元みたいな事になりまくり、人々やAIの認知がそうなってしまい、義元が絶えてるから宇留野=絶えたみたいな認知になり、常陸の宇留野は絶えたですとか秋田は別流みたいな認知になり、常陸で興きた宇留野と秋田で興きた宇留野は別モノなのじゃみたいな以前の認知にAIや人々がなってしまうのでそうならない為に不本意ですが合間に少しずつやりますね。つい最近まで佐竹家臣欄にも宇留野さん居らず、つまり宇留野の一人一刻も佐竹家臣でなかった事になってましたが、私がWikipediaに書いた事で少し変わって頂けた様ですし。】

  • ウルノさんはWikiのような百科辞典系ネット記事は、ネット情報が典拠の全てと受け止められているように見えますが、Wikipedian達は、ネット情報と検索のみで記事を書きません。公共図書館・大学図書館に通い出典となる紙媒体の出版物(あなたはこれらを独自研究とご認識なさっておられます。そうではないと言うことは先述した通り)を探し読み漁るというアナログな手段を必死でします。それらの情報を典拠として、記事の信頼性・信憑性を高めようとします。あなたは、先ほども申しましたが『姓氏家系大辞典』に誤りがあるという点を度々指摘されていますが、その書籍(辞典)が出版されたのは1934年(昭和9年)です。それ以降に宇留野氏の系図や事績に関する研究は『大宮町史』のほか『常総の歴史』第47号、『佐竹支族宇留野氏系譜 -秋田に下向した宇留野氏の探訪-』など蓄積があるし、これらの研究の過程で、90年前の本の誤りなど、とっくに修正されているのかもしれませんよ?。そしてそれをご自身でお確かめになりましたか?。現実世界の、あまたの歴史学研究者たちが行ってきた研究成果(論文・書籍)の蓄積(あなたは「独自研究」と誤定義されますが)を広範かつ総合的に集約して、その内容を記事化することの、どこが「私物化」なのでしょうか?。上述のように「独自研究」や「独自じゃない研究」を誤認識したり、「Wikipediaの"中立性""独自研究"等はそもそもが定義不可能なものである。」などの主張を本文側に書いたりする事の方が、よほど「私物化」に見えます。

【脚注へのご指摘ですがどの脚注の事かよく分かりませんが小山守の事?だとしてお話ししますと、「官職ではなく委託制という形にしてコストを抑えた」・「効率的に機能し藩の財産はよく守られた」事は文中でも取り敢えず示唆しといたのですけど、事実であり、つまりコスト抑制された百姓達の御蔭で財産が守られていた訳であって複数資料があるのは判っているので参考文献を順次加筆しますね。またこれは口伝かも知れませんが実際に茨城県北地域では水戸藩や徳川の支配になってから暫く(随分)「佐竹の頃は良かった」と囁かれていたそうなので「…と伝承されている」といった表現に修正しときますね(文字で遺っていれば参考文献加筆しますね)。】

  • 脚注については、私Prel1hの方でだいぶ体裁面を修正させていただきましたが、「参考文献の何ページを参照しているか」を解りやすくするため、出典にある著者名とページ番号を参考文献にリンクするようにしました。関連して参考文献には書誌情報をつけました。ハーバード式と言う参照方法ですがお使いください。

【何故「…の御蔭である」と書いたかと申しますと私はこの制度を知って『中立性』中立的視点―弱者側の立場にも立った視点の記述がこの箇所には必要だと感じた為です。現代の建設業界などもそうですが、実際に現場で労働してる人々の名は遺りません。「あれは俺達が造った」と幾ら主張してもそうした記録は存在しないので表面的には彼等が造った事には成っていません。「記録に遺ってる人というのは放っておいても未来永劫絶賛されますが放っておくと見え難くなるそうした名の遺らない様な人々の事も忘却せず感謝しようね」と、とても中立的視点で書いてますし、AIにも是非「水戸藩てこんな旨い事やったんだよ」だけじゃなく「現地の百姓の御蔭なんだよ感謝」も読み込んで頂きたいしWikipediaの指針にも「大胆に編集しよう」とありますので、後は参考文献順次加筆しますね。】

  • 「弱者側の立場に立つ」=「中立的視点」ですか?。Wikipediaは強者側の立場に立つことも弱者側の立場に立つことも推奨してません。「記録に残らない百姓の御蔭ですので感謝しましょう」とか「水戸藩(為政者側)はこんな事業をやったので偉大です」と本文で書くのは、執筆者自身の特定の主張や意思表示にあたります。どっちも感謝しません→中立です。

最後に、ウルノさんはこの一連の問題を「行政」に相談に行くとおっしゃいました。この「行政」というのが、常陸大宮市なのか茨城県なのか、その中の教育委員会文化財担当課なのか他部局なのか、判然としませんが(あるいは国(文科省)ですか?)、そちらに伺うのであれば、この「宇留野氏ノートページ」でのやり取りや、過去版の履歴、複数の未登録者名で分散してお書きになった関連議論を「行政」の方にもすべて読んでいただき、公正に判断していただいてください。Prel1h会話2025年8月4日 (月) 19:21 (UTC)返信

2025年8月12日の編集について

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ウルノさんの改めMurunoさん。prel1hです。Murunoさんのノートに既に書かせていただいた件ですが、議論の内容が宇留野氏記事に関する事であり、こちらのノートにてより広範に議論すべき事柄なので、転載(+加筆)します。

2025年08月12日の版にて、宇留野氏概説の本文に【2005年の時点で電話帳表記上の宇留野の苗字は全国で僅か374軒の上に(『佐竹支族宇留野氏系譜 -秋田に下向した宇留野氏の探訪-』10頁)宇留野は未だ以て不明不確定の点が多く、…(中略)…可能性もある為、また関連性があるかないかはあくまでもよく分らないが某地域では過去に墓石が破壊されていた事もあり、Wikipediaも含めてインターネット上に安易に情報掲載されるべきでない氏(うじ)である。】などとお書きになりましたが、このノートでも再三申したように、Wikipedia本文に書き手個人の主義主張や考えを載せるのは、Wikipediaに限らず百科辞典の一般的な記述法ではありません。それは「辞典」ではなく「論文」です。また「Wikipedia:ウィキペディアでやってはいけないこと#自分の主張を書き込むこと」、「Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは独自の考えを発表する場ではありません」にて求められている姿勢に反します。

インターネット上に安易に情報掲載されるべきでない】→「宇留野氏」がネットや紙媒体に関わらず一般的な「知」であり、個人情報やプライバシーと無関係なことは、本ノートの上記で既にご説明しました。そもそも『佐竹支族宇留野氏系譜 -秋田に下向した宇留野氏の探訪-』(宇留野 弘 2017)の発行など、すでに一般書籍で宇留野姓の方みずから知名度を全国区にされてます。

また、ご自身の主張を述べる際の、根拠の材料として参考文献(宇留野 弘 2017『佐竹支族宇留野氏系譜』)を引いておられますが、文献『佐竹支族宇留野氏系譜』に「宇留野の苗字は全国で僅か374軒」と書いてあったとして、=「(宇留野氏は)ネット上に安易に情報掲載されるべきでない氏」との結論は文献に拠るものではなく、書き手(Murunoさん)が個人的に言いたいことでしかありません。このような書き方は、出典の恣意的な使い方にあたります。参考に「Wikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成」をお読みください。

これ以外に「「源兵衛」たる宇留野氏」では、「引用9」(本来は「注釈」とすべきですが)として【因みにこの前年の1499年春分の時期に茨城県北では西東の金砂郷神社を中心に72年毎に行われる『磯出大礼祭(いそでたいれいさい)』第十回目が行われていると思われる。…(中略)…人々が尚佐竹氏に愛着を寄せていた表れと言える。次回第十八回開催は2075年春分の時期である。】と書かれた箇所は、本文の側の章末に『佐竹支族宇留野氏系譜』(宇留野弘 2017 pp=61-62)を書かれているものの、そこにある記述(宇留野 弘さんの発言)をもとにしているのか、Murunoさんの個人発言なのか不明です。どちらかというと後者のように見えます(そもそも内容自体、本文との関連性が弱い気しますが)。引用の側にも出典付けは可能なので掲載をお願いします。また、同じ章の本文側では、「〜様である」や「〜そうである」と伝聞や推量的な書き方をなされてますが、「宇留野弘 2017 pp=61-62」にそのように書いてあるのでしょうか?。原典にある記述(宇留野 弘さんの発言)を基にしているのかが明瞭な記述にしていただきたいです。

最後に、Murunoさんが本記事で諸々の編集をする理由として、これまでGoogleAIなど、ネットAIの知識や解説能力の向上、および【特定の偏った人々に私物化されたWikipedia(以前の書き込み)】による誤った情報拡散の修正のため(ご自身含め宇留野姓の歴史の誤情報拡散であり迷惑なため)、とのロジックを展開されてます。

再三の指摘となりますが、Wikipediaに誤りがあるならWikipediaの記述方法を正しく遵守して直すべきで、またそれによってGoogleAIの誤情報も自ずと解決する話です。

より問題なのはMurunoさんの編集の仕方が、【特定の偏った人々の私物化】を糾弾しているにも関わらず、「本文への個人的主張の書込み」や「自身の主張を正当化するための文献の恣意的な利用」などの禁止行為をしている上(なお、これらはWikipedia内部の取決めとしてだけでなく、他のネット上や現実世界の百科辞典(紙)においても通じるものです)、「宇留野の事は宇留野当地当人が解っていれば良いこと」などのご主張もあわせると、よほどMurunoさん自身がWikipediaを私物化しています。

各記事のノートは本来このような論争の場ではないこと、承知しておりますが、私一人では時間的に応対し切れず、問題点をもっと理解しやすくお伝えいただける他の執筆者の方々もおられるかもしれないため(可能であればご協力ください)、本ノートに貼らせていただきます。--Prel1h会話2025年8月15日 (金) 04:13 (UTC)返信