国旗損壊罪法案
国旗損壊罪法案(こっきそんかいざいほうあん)は、日本の国旗を損壊することに対する刑罰を規定した「国旗損壊罪」を新設する法律案[1]。
歴史
[編集]日本国旗を尊重することを法律で義務付ける試みは、1999年(平成11年)に制定された国旗及び国歌に関する法律でも存在していた。当時内閣官房長官を務めていた野中広務はそのような考えを示していたが、1999年(平成11年)6月29日の衆議院本会議で内閣総理大臣小渕恵三が「国旗に対する尊重規定や侮辱罪を創設することは考えておりません[2]」と答弁した後、条文化は見送られた[3]。
2012年(平成24年)5月25日、自由民主党は、総務会で日章旗を傷つけることに対する罰則を定めた「国旗損壊罪」の刑法改正案を了承した。この法案は、日本国を侮辱する目的で国旗を損壊、除去、汚損した者に対して2年以下の懲役または2万円以下の罰金を科すものであった[4] [5]。この法案は、高市早苗、長勢甚遠、平沢勝栄、柴山昌彦が議案提出者となり、議員立法で第180回国会法務委員会に提出されたが、審査未了で廃案となった[6] [7]。
2021年(令和3年)1月26日、自民党保守団結の会の城内実や高市早苗は、外国国章損壊罪が存在するにもかかわらず、日本の国旗に対する国旗損壊罪がないのはおかしいと主張し、政調会長の下村博文に、国旗損壊罪の提出を要請した[8] [9]。高市はまた、「国旗損壊罪がないのは敗戦国だから」とも自身のホームページのコラムに記述していたが、毎日新聞はこの記述に対しファクトチェックで否定した。記事が掲載された後、記述は削除された[10]。なお、デンマークは、日本と同様に、自国の国旗損壊は表現の自由として容認する一方で、他国の国旗を損壊する場合のみ外交問題を理由に犯罪としている[11] [12]。自民党内では、岩屋毅が「過度な規制につながる」として本法案に反対の立場だという[1] [13]。
2025年(令和7年)10月20日、自由民主党と日本維新の会は、2026年(令和8年)の通常国会で「国旗損壊罪」を制定することを記載した連立政権合意書を締結した[14]。
2025年(令和7年)10月27日、第219回国会において、参政党が日本国国章損壊罪の創設を内容とする刑法の改正案を参議院に単独提出したことを発表した[15]。本法案によれば、日本国に対して侮辱を加える目的で、日本国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、2年以下の拘禁刑又は20万円以下の罰金に処することとされている[16]。高市政権で法務大臣を務める平口洋は、10月31日の記者会見で、「法改正の要否を含め対処」すると述べた[17]。同日、ABEMA Primeで本件に賛否があることが取り上げられ、賛成派の梅村みずほと反対派のカンニング竹山が議論を交わした[18]。11月4日、高市早苗は所信表明演説の代表質問で国旗損壊罪の制定について「政府として必要な取り組みを進める」と述べた[19]。
賛否
[編集]賛成意見
[編集]弁護士の堀内恭彦は、2021年の日本国旗損壊等の罪を新設する動きへの「表現の自由を侵害する」との批判に対し、表現の自由は無制限に保障されるものではなく、国旗を引き裂いたり焼損する行為は保護されるべき「表現」とは言い難いとしている[20]。ただし反対意見もあるため、法律の制定には国民的な議論が必要と述べている[21]。
反対意見
[編集]2012年の法案に際し、日本弁護士連合会は表現の自由を侵害する恐れがあるとして反対声明を発出した[22][23][24]。弁護士の伊藤真は、この法案の賛同者が主張する「外国でも国旗損壊罪があるから日本でも新設するべき」という考えについて、アメリカ合衆国連邦最高裁判所が国旗の棄損を禁止する法律を「象徴的言論の自由」を侵すものとして違憲無効としたアメリカ合衆国対アイクマン事件の判例を引用し、疑問を呈した。民族派団体一水会代表の木村三浩は、「国を憂う心も必要」として、国旗損壊罪に反対の考えを表明した[25]。小林節は、「日の丸は好きだが、日の丸損壊罪の新設には反対する」とし、日の丸の取り扱いは誰にでも出来る簡単で自然な表現手段であることを理由に挙げた[26]。
弁護士の猪野亨は、国旗損壊罪は表現の自由を保障した日本国憲法第21条に照らし、違憲であるとの考えを示した。同様に、「イスラエルによるガザへの軍事行動の際に大使館前でイスラエル国旗を毀損すること」を直ちに処罰することは疑問があると述べ、外国国章損壊罪についても無制限の適用は違憲の疑いがあると付け加えた[27]。品川区議会議員で弁護士の松本常広は、外交問題が保護法益の外国国章損壊罪と異なり、国旗損壊罪の保護法益は「日本人の集団的な感情」になると指摘し、個人の権利ではなく特定の集団の尊厳を保護法益とするのは様々な方面の表現規制に道を開くとして反対を表明した[28]。
慶應義塾大学教授の駒村圭吾は、国旗損壊罪は国旗に敬意を表したくない人にまで敬意を表することを強制する法律であることを理由に、日本国憲法第21条だけでなく、思想・良心の自由を規定した同第19条にも抵触するとの考えを示した[29]。憲法学者の志田陽子は、国旗損壊罪は芸術文化的な表現を制約することにも繋がりかねないと懸念を表明した[30][注釈 1]。弁護士の林朋寛は、国旗の損壊を通して政治的抗議を行うことも「侮辱目的」とされるおそれがあり、また萎縮効果が漫画やアニメの表現にも波及する可能性を指摘した[34]。
自由民主党衆議院議員の岩屋毅は、日本で誰かが日章旗を焼いたというニュースは見たことがなく、立法事実がないのに法律を作れば国民への過度な規制につながるとして、国旗損壊罪は必要ないと主張した[35]。信濃毎日新聞は、2025年11月1日の社説で、中国の支配強化に反対する香港の住民の事例を挙げ、国旗をあえて燃やしたり破ったりする行為は政治的意思を表す方法の一つであり、国旗損壊罪は表現の自由の保障に抵触し、内心の処罰や思想の統制に繋がると述べた。また、沖縄国体日の丸焼却事件が器物損壊罪に問われたことからも実害を伴う行為は現行法で対処できるとした。そのため、外国国章と同じに扱うのならば外国国章損壊罪を廃止するべきであると論じている[36]。11月4日、橋下徹は国旗損壊罪に反対を表明し、「この部分は吉村維新と考え方が真反対」であると述べた[37]。
関連項目
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b “自民・高市早苗氏、岩屋外相は「保守じゃない」 国旗損壊罪法案阻まれた「恨み」明かす”. 産経新聞 (2025年4月22日). 2025年10月21日閲覧。
- ^ “第145回国会 衆議院 本会議 第41号 平成11年6月29日”. 国会会議録検索システム. 2025年10月28日閲覧。
- ^ “国旗損壊罪の新設 表現の自由に思慮皆無 抗議も許さぬ危うさ<メディア時評>”. 琉球新報 (2021年3月14日). 2025年10月21日閲覧。
- ^ “国旗損壊に刑事罰案 自民”. 日本経済新聞 (2012年5月25日). 2025年10月21日閲覧。
- ^ 刑法の一部を改正する法律案 - 国立国会図書館 日本法令索引
- ^ “衆法 第180回国会 14 刑法の一部を改正する法律案” (2025年4月22日). 2025年10月21日閲覧。
- ^ “「国旗損壊罪」新設の刑法改正案、自民が今国会に提出へ”. 読売新聞 (2021年1月26日). 2025年10月21日閲覧。
- ^ “「国旗損壊罪」がとことんダメな理由 法案に自民保守からも異論”. 毎日新聞 (2021年2月20日). 2025年10月21日閲覧。
- ^ “自民・高市氏ら“国旗損壊罪”新設へ要請”. 日本テレビ放送網 (2021年1月26日). 2025年10月21日閲覧。
- ^ “高市氏「日本国旗損壊罪がないのは、敗戦国だから」は誤り”. 毎日新聞 (2021年4月14日). 2025年10月21日閲覧。
- ^ “Dannebrog må fortsat brænde”. デンマーク放送協会 (2006年1月10日). 2025年10月25日閲覧。
- ^ “How US Flag Burning Law Compares to Other Countries”. Newsweek (2025年8月27日). 2025年10月25日閲覧。
- ^ 中川紘希、福岡範行 (2025年11月6日). “【有料会員限定記事】高市政権の今なぜ「日本国旗損壊罪」法案が? 愛国心と見せかけて、実は国民の「批判」を抑え込みたい思惑が”. 東京新聞. 2025年11月6日閲覧。
- ^ “「国旗損壊罪」制定へ26年通常国会に法案 自民党・維新合意”. 日本経済新聞 (2025年10月20日). 2025年10月21日閲覧。
- ^ 「参政党、国旗損壊を罰する刑法改正案提出 自維に協力呼びかけへ」朝日新聞、2025年10月27日。2025年10月27日閲覧。
- ^ “参政党単独での議員立法を初提出”. 参政党 (2025年10月27日). 2025年10月28日閲覧。
- ^ “平口法相、日本国旗の損壊罪「法改正の要否含め対処」”. 日本経済新聞 (2025年10月31日). 2025年11月3日閲覧。
- ^ “梅村みずほ氏「国旗損壊罪」提出でカンニング竹山と激論「参政党の選挙妨害じゃなくても」”. 日刊スポーツ (2025年11月2日). 2025年11月3日閲覧。
- ^ “給付付き控除「早期検討」 首相 国旗損壊罪制定に意欲 代表質問、国会初論戦”. 北海道新聞 (2025年11月4日). 2025年11月5日閲覧。
- ^ “「日の丸」を大切に 「国旗損壊罪」を考察する”. 産経新聞社 (2021年2月22日). 2025年10月27日閲覧。
- ^ “参政党が日本国旗損壊罪法案を単独で提出 高市総理も主張 自民、維新に連携求める”. テレビ朝日 (2025年10月28日). 2025年10月28日閲覧。
- ^ “刑法の一部を改正する法律案(国旗損壊罪新設法案)に関する会長声明”. 日本弁護士連合会 (2012年6月1日). 2025年10月28日閲覧。
- ^ 志田陽子 (2021年2月22日). “「国旗損壊罪」はなぜ「表現の自由」の問題となるのか”. Yahoo!ニュース. 2025年10月21日閲覧。
- ^ “「日の丸損壊罪」必要? 自民保守派が新設目指す 識者「表現の自由侵し外交に悪影響」”. 中日新聞 (2021年4月2日). 2025年10月22日閲覧。
- ^ “一水会代表「国旗損壊罪には反対だ」「過剰になったり、偏狭になったりするのは良くない」三島由紀夫の命日にEXITと語る“愛国心””. ABEMA (2021年11月26日). 2025年10月21日閲覧。
- ^ 小林節『「人権」がわからない政治家たち』日刊現代、2021年5月27日。ISBN 978-4065241554。
- ^ “参政党への抗議で国旗に「バツ印」、法的に問題ない? 弁護士の見解は”. 弁護士ドットコム (2025年7月29日). 2025年10月21日閲覧。
- ^ “「罰則がない方が不自然」「むしろ燃やしたりする人が出てくるのではないか」 賛否両論の“国旗損壊罪”を議論”. ABEMA (2021年2月1日). 2025年10月21日閲覧。
- ^ “国旗損壊罪を新設?「日本と外国の国旗で同じ罰」の問題とは…。憲法学者に聞いた”. ハフポスト (2021年1月29日). 2025年10月21日閲覧。
- ^ “自民党有志が新設目指す「国旗損壊罪」は表現の自由を脅かすか? 憲法学者が解説”. 美術手帖 (2021年2月2日). 2025年10月21日閲覧。
- ^ 文化芸術基本法 - 国立国会図書館 日本法令索引
- ^ 文化芸術振興基本法の一部を改正する法律 - 国立国会図書館 日本法令索引
- ^ 作田知樹. “「表現の自由」と「内容不関与の原則」”. ネットTAM. 2025年10月28日閲覧。
- ^ “参政党提出の「日の丸損壊罪」で何が起きる? 表現の萎縮が「漫画やアニメ」にも波及するおそれも”. 弁護士ドットコム (2025年11月4日). 2025年11月5日閲覧。
- ^ “岩屋毅前外相、高市氏提案の国旗損壊罪に反論「立法事実がない」「右傾化…そんな言い方はしていない」 スパイ防止法には慎重姿勢”. 大分放送. (2025年11月3日) 2025年11月3日閲覧。
- ^ “〈社説〉国旗損壊罪 弾圧の手段になる危うさ”. 信濃毎日新聞 (2025年11月1日). 2025年11月3日閲覧。
- ^ “橋下徹氏 高市首相が提唱する「国旗損壊罪」で持論 「国旗損壊はダメ」も「刑事罰を与えるほどではない」”. スポーツニッポン (2025年11月1日). 2025年11月5日閲覧。