応用行動分析
応用行動分析(Applied Behavior Analysis、略称:ABA)は、レスポンデント(古典的)条件付けとオペラント条件付けの原理を用いて、行動を変容させることを目的とした心理学の応用分野である。
基本原理
[編集]三項随伴性
[編集]オペラント条件づけにおいて行動を理解するための基本的枠組みであり、先行刺激 ─ 行動 ─ 結果事象の三要素から構成される。この分析は先行刺激(Antecedent)・行動(Behavior)・結果事象(Consequence)の頭文字をとってABC分析とも呼ばれる。行動分析学およびそれに基づく行動療法では、この三項随伴性を操作することにより、望ましくない行動の修正や望ましい行動の促進が試みられる。行動に影響を与える刺激のうち、行動の直後に出現し、行動を増加させるものを好子または強化子、行動を減少させるものを嫌子と区別する。
先行刺激には、特定の行動が強化されることを知らせる刺激、弁別刺激(SD)が含まれる。弁別刺激とは、ある行動が報酬や強化を受けやすくなる先行刺激のことである。弁別刺激があるときにだけ行動が起こりやすくなり、行動はその刺激の影響を受ける。日常の例としては、休み時間のチャイムや信号機の色などがあり、チャイムが鳴ると児童は教室を出る、赤信号では止まる、といった行動が弁別刺激によって制御される[1]。
行動の直後に生じた結果によって、その行動の出現頻度が増加する現象を指す。強化には、結果として好子が与えられる「正の強化」と、嫌子が取り除かれることによって行動が増加する「負の強化」がある。
弱化とは、ある行動の後に望ましくない結果(嫌な出来事)が生じたり、望ましい結果(嬉しい出来事)が取り除かれたりすることで、その行動が将来的に減少する現象を指す。弱化は「罰」とも呼ばれる。弱化には、行動の後に嫌な出来事が加わることで行動が減少する「正の弱化」と、行動の後に嬉しい出来事が取り除かれることで行動が減少する「負の弱化」がある。ただし、弱化の適用は副作用を伴うことが知られており、攻撃性の増加、逃避行動、対人関係の悪化などが生じる可能性がある。そのため、倫理的観点から慎重に扱われるべき手続きとされている[2]。
以前は強化によって維持されていた行動に対して強化を与えることを中止することによって、その行動の生起率を低下させる方法。消去過程では一時的に行動が増加する「消去バースト」や新たな問題行動の出現が見られることがある。 消去を実施する際には、以下の現象に留意する必要がある。
- 消去バースト
- 強化を停止すると、直ちに行動が減少するのではなく、一時的に行動の頻度や強度が増加することがある。この一時的悪化を「消去バースト」と呼び、その後、行動は徐々に減少していく[3]。
- 消去抵抗
- 消去手続きが一貫して実施されず、時折強化が与えられる場合、行動は長期間維持される可能性がある。これは「今度は強化が得られるかもしれない」という不確実性によって行動が持続するものであり、行動の消去が困難になる。
技法
[編集]プロンプト
[編集]学習者の正しい行動を引き出すために提示される補助的な手がかりのことである。プロンプトは大きく「反応プロンプト」と「刺激プロンプト」に分類される[4]。
反応プロンプト
- 他者の行動によって学習者の正しい行動を誘発する方法である。
- 言語プロンプト:口頭による指示や助言を用いて反応を促す。
- 身振りプロンプト:指差しや合図などの非言語的なジェスチャーを用いる。
- モデルプロンプト:他者が行動を実際にやって見せ、それを学習者が模倣する。
- 身体プロンプト:正しいタイミングで適切な行動を行えるよう、他者が身体的に手助けする。
刺激プロンプト(Stimulus Prompt)
- 学習者が正しい行動を行いやすくするために、弁別刺激の特徴を変化させたり、他の刺激を追加・除去したりする手法である[1]。
- 刺激内プロンプト:弁別刺激自体の位置、大きさ、形、色などを変化させる方法。例として、野球で打者が打ちやすいボールを投げることが挙げられる。
- 刺激外プロンプト:弁別刺激に手掛かりとなる別の刺激(写真、線、印など)を付加する方法。例として、野球の指導でコーチがホームベースの隣に線を引き、打者が正しい位置に立てるようにすることが挙げられる。
刺激性制御の転移
[編集]刺激制御の転移とは、プロンプト(援助)がなくても、適切なタイミングで適切な行動が自発的に生起する状態を指す。「プロンプト・フェイディング」「プロンプト遅延」「刺激フェイディング」に分けられる[1]。
プロンプト・フェイディング
- 学習中に提示される反応プロンプトを段階的に減少させ、最終的にプロンプトなしでも適切な行動が生起するようにする手法である。
- プロンプト内フェイディング:1種類のプロンプトを段階的に減らす手法である。例えば、靴紐を結ぶ際、最初は、教師が子どもの手を完全にガイドして靴ひもを結ばせる(全ての動作を手添えする)。次に、最初の動作だけ手を添え、残りは子どもが自分で行う。最終的に、プロンプトをなくし、子どもが自力で靴ひもを結べるようにする。
- プロンプト階層間フェイディング:複数のプロンプトを段階的に使用して援助を減らす手法で、さらに以下の2種類に分類される。
- 段階的増加型:最も侵襲度の低いプロンプトから開始し、必要に応じて侵襲度の高いプロンプトを追加する手法。(例:言語プロンプト→身振りプロンプト→モデルプロンプト→身体プロンプト)
- 段階的減少型:最も侵襲度の高いプロンプトから開始し、徐々に侵襲度の低いプロンプトに移行する手法。(例:身体プロンプト→モデルプロンプト→身振りプロンプト→言語プロンプト)
プロンプト遅延
- プロンプト遅延とは、弁別刺激の提示とプロンプト提示の間に時間的遅延を設け、学習者が自発的に行動を起こすよう促す手法である。
- 固定型プロンプト遅延
- プロンプトが提示されるまでの時間を一定に設定する方法である。弁別刺激を提示した後、学習者が時間内に自発的な反応を示さなければプロンプトを与える。例として、フラッシュカードで単語を提示し、5秒以内に答えられなかった場合に正答を教える方法がある。
- 漸増型プロンプト遅延
- 初期は短い遅延時間から開始し、段階的にその時間を延長していく方法である。例えば、最初は2秒の遅延から始め、次の段階では4秒、さらに6秒と延長していき、最終的にプロンプトが与えられる前に正答できるように導いていく。
刺激フェイディング
- 刺激フェイディングとは、刺激プロンプトを段階的に取り除き、最終的に自然な弁別刺激によって反応が生起するようにする手法である。
- 刺激内プロンプトのフェイディング
- 弁別刺激自体の特徴を変化させ、徐々に本来の形へと戻す方法。例としては、文字を最初は大きく提示し、徐々に通常の大きさに戻す、投球速度を遅く設定し、徐々に通常の速度に近づけるなどがある。
- 刺激外プロンプトのフェイディング
- 弁別刺激とは別に提示された補助的な刺激を段階的に取り除く方法。例えば、フラッシュカード学習で裏面に答えを書いて提示し、徐々に答えを見ないようにしていき、最終的には問題(弁別刺激)だけを見て正しく反応できるようにする。
課題分析
[編集]課題分析とは、複数のステップからなる行動をより小さな手順に分解するプロセスである。例えば手洗いの場合、「蛇口をひねる」「手を水で濡らす」「石けんをつける」「手をこすり合わせる」「水ですすぐ」「蛇口を止める」といった手順に細分化される[5]。
チェイニング
[編集]複数のステップからなる行動を指導する際に用いられる手続きの一つである。課題を小さなステップに分け(課題分析)、そのステップを順に習得することで一連の行動を習得する[6][7][1]。
- 順行連鎖(Forward Chaining)
- 順行連鎖は、一連の課題の最初のステップから順番に指導していく方法である。例えば、手を洗う動作を教える場合、最初に「蛇口をひねる」をプロンプトで教え、できた段階で強化し、その後「手を水で濡らす」「石けんをつける」「手をこすり合わせる」「水ですすぐ」といったステップを指導していく。このように初めから段階的に積み重ねることで、最終的に「手を清潔に洗い終える」という一連の行動が習得される。
- 逆行連鎖(Backward Chaining)
- 逆行連鎖は、一連の課題の最後のステップから逆順に指導していく方法である。例えば歯磨きを教える場合、初めはプロンプトによって口をゆすぐ直前の状態まで手助けをし、最後の動作である「口をゆすぐ」部分だけを本人に行わせて強化する。その後は「歯ブラシを動かす」+「口をゆすぐ」、さらに「歯ブラシに歯磨き粉をつける」+「歯ブラシを動かす」+「口をゆすぐ」と前のステップを順に追加していくことで学習者が自立的に行える範囲を広げていく。最終的には、最初から最後まで一連の流れを自立して行えるようになる。
- 総課題提示法(Total Task)
- 総課題提示法は、複雑な行動を個々の要素に分けて教える順行連鎖や逆行連鎖とは異なり、課題全体を一つのまとまりとして提示し、最初から最後まで遂行させる方法である。この手法では、必要に応じてプロンプトを用い、段階的に支援を減らす(フェイディング)ことで、最終的に学習者が自立して行動を完了できることを目標とする。特に身体プロンプトを用いる場合には、漸減型ガイダンスがしばしば利用される。これは課題遂行中に学習者の動きを手添えで支援し、正しい反応が見られた時点で手を離し、学習者の動きに沿って「シャドーイング」へと移行する方法である。シャドーイングは援助者の手を学習者の手の近くに置き、必要に応じてすぐに支援を再開できる状態を保つことで、誤反応を防ぎつつ自立的な遂行を促すことを目的としている。例として、スプーンを用いた食事の課題を指導する場合、教師は学習者の手を取り、スプーンを持たせ、食べ物をすくい、口へ運ぶまでの一連の行動を最初から最後まで身体的にガイドする。その後、学習者が正しい動作を示そうとした際には支援を弱めてシャドーイングに移行し、最終的には援助なしでスプーンを使って食事ができるようにする。総課題提示法は、全体を通して援助を行う必要があるため、比較的短く、かつ複雑でない課題の指導に適している。課題が長く複雑な場合には、順行連鎖や逆行連鎖の方が適している。学習者の能力に大きな制限がある場合にも、総課題提示法よりも順行連鎖や逆行連鎖の方が効果的であるとされる。
補助手続き
[編集]- 課題分析書
- 行動を小さなステップに分解し、順序立てて文章で記した一覧表である。学習者はこの一覧表を確認しながら課題を進めることができる。たとえば、電化製品を購入したときの「取扱説明書」が課題分析書の一例である。
- 写真プロンプト
- 各ステップを写真やイラストで提示する方法である。例えば手洗いの課題では、「蛇口をひねる」「石けんをつける」「手をこする」「すすぐ」といった場面写真を順に並べることで、学習者は視覚的に手順を把握できる。
- ビデオ・モデリング
- 行動のモデルを映像として提示し、学習者がそれを視聴し模倣する方法である。映像は繰り返し確認できるため、社会的スキルや生活スキルの習得に効果的とされる。
- 自己教示
- 学習者自身が言葉による指示や確認を行う方法である。例えば靴紐を結ぶ際に「輪をつくる」「もう一本を回す」「引っ張る」と自分に言い聞かせながら動作を進める。この手続きは外部からのプロンプトに依存せず、学習者自身が自力でプロンプトを活用する点に特徴がある。
これまで生起していない新しい行動を形成するために用いられる技法である。最初に既存の行動の中から標的行動に近い行動(起点行動)を強化し、その後はより標的行動に近似する行動のみを強化し、それ以前の行動は強化しない。このような分化強化を繰り返すことによって、最終的に新しい行動を獲得させる。
例として、ラットにレバー押しを学習させる際には、レバーのある側に移動する、レバーに近づく、頭を向ける、触れるといった行動を段階的に強化することにより、最終的にレバーを押す行動が形成される[1]。
脚注
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d e 行動変容法 日本語版第2版
- ^ Shira (2019年7月28日). “The Behavioural Definition of Punishment” (英語). How to ABA. 2025年9月6日閲覧。
- ^ “応用行動分析”. 2025年9月6日閲覧。
- ^ Cooper, John O.; Heron, Timothy E.; Heward, William L. (2020). Applied behavior analysis (Third ed.). Hoboken, NJ: Pearson. p. 404. ISBN 978-0134752556
- ^ Phillips, Cara L.; Vollmer, Timothy R. (March 2012). “Generalized Instruction Following with Pictorial Prompts”. Journal of Applied Behavior Analysis 45 (1): 37–54. doi:10.1901/jaba.2012.45-37. PMC 3297352. PMID 22403448 .
- ^ Principles of Behavior. (2021)
- ^ “A comparison of forward and backward procedures for the acquisition of response chains in humans”. Journal of the Experimental Analysis of Behavior 29 (2): 255–259. (March 1978). doi:10.1901/jeab.1978.29-255. PMC 1332753. PMID 16812053 .